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それは、当時主流であったケインズ型福祉国家に対する、保守主義陣営からの攻撃という文脈から生まれた概念であった。
しかし、ワークフェアというコンセプトは、その後、社会民主主義や中道左派的な立場に対しても、機能不全に陥った福祉国家を再編する際に依拠する考え方として影響を及ぼしていく。
具体的には、民主党に近い立場のエルウッドは、一九八八年の著書『プアサポート』において、福祉の受給者に単に就労を義務付けるのではなく、各種の就労支援を行うことの必要性を主張した。
エルウッドはその後クリントンの政策顧問として迎え入れられ、一九九二年の大統嶺選挙のマニフェストにおける就労と福祉を連携させる福祉改革プランとして、その考え方が取り入れられる。
クリントン政権において実際に導入される政策は、当初の構想より就労義務を強調した形にはなったが、エルウッド流のワークフェアは、英国のニューレーバー(新しい労働党)が掲げた「働くための福祉」に受け継がれていた(ただし、ブレア政権下で採られた政策ではクリントンの改革との一体性を意識して、就労義務がより強調される形になっている)。
また、スウェーデンをはじめとした北欧諸国では、「積極的労働市場政策」の名のもとに、戦後早くから就労と福祉を連携させ、就労支援に注力してきた。
これら諸国はワークフェアという言葉を必ずしも明確に用いているわけではないが、そのコンセプトはエルウッド流の就業支援を重視したワークフェアの考え方に通じるものということができる。
本書では、こうしたワークフェア概念の持つ多義性を踏まえたうえで、その「就労を通じた個人の自立」という基本的なコンセプトをベースとしながら、日本社会における新しい「公正」概念の機軸にもなり得るという意味合いを込めて、「ワーク・フェア」とリフレーズしたコンセプトを提示する。
その具体的内容は、第6章において詳しく述べられることになるが、①就労形態の多様化、という五つの柱から構成される。
つまり、就労義務・就労支援といったオリジナルのワークフェア概念に含まれる意味合いのみならず、就業促進の前提となる働き方や生活へのサポート、さらには「同一価値労働・同一貸金原則」という新しい日本の雇用社会の公正原理まで含めたコンセプトとして、「ワーク・フェア」を定義したい。
「大企業中心経済・企業依存型社会」崩壊のはじまり以上のような問題意識・基本認識を前提に、本書では、国民生活基盤のク屋台骨″ともいうべき雇用システムのあり方に焦点をあてながら、社会保障制度や家族のあり棟とのかかわりも考慮に入れつつ、いま日本社会が直面している危機の性格と、そこからの脱出に向けての処方隻を論じる。
あらかじめ本書の立場を示しておくと以下の通りである。
戦後日本社会の性格の特徴を端的に表現すれば「大企業中心経済・企業依存型社会」となるが、それが環境変化に適応できなくなり、崩壊がはじまったことに問題の所在があると考える。
それゆえ、過去十余年における経済システム改革のトレンドを逆流させるのではなく、むしろ経済システムの改革と歩調を合わせ、環境変化に応じる形で社会システムの改革を行うこといい換えれば、国民生活安定化のための企業・個人・政府の三者の役割分担を、時代の変化に適応した形で再構成することIにこそ、真の問題の解決があるというのが本書の基本的スタンスである。
すなわち、わが国では終戦直後には自営業が過半を占める状況にあったが、高度成長期を経てますます多くの日本人は企業の被用者となり、その収入の大半を給与所得に頼ることになった。
そして、戦後日本の企業社会は系列関係にみられるように大企業を中心に形成され、とりわけ国際競争力を持つ大手メーカーが成長の原動力になってきた。
自動車・エレクトロニクス・鉄鋼分野をはじめとする大企業製造業が輸出により富を獲得し、その富が企業間取引や従業員の消費活動等を通じて中小企業製造業や非製造業に対して配分され、ひいては国民全体に均需されるという仕組みが形成されたのである。
政府も企業の安定を通じて結果として国民生活の安定を図るというスタンスを採ってきた。
新規参入や価格に対する様々な規制は業界秩序を守ることで失業者の発生を防いできたものといえるし、公共事業の持続的拡大は地方を中心とした建設事業者の経営安定を通じ、同産業での雇用確保を実現するとともに不況期の失業者の吸収を図るものであった。
さらに、こうした給与所得のみならず、退職金の支払いや年金保険料負担、各種家族手当の支給等、老後生活や扶養家族の生活費に至るまで、企業が積極的な関与を行ってきたのである。
以上のような構造が、本書でいう「大企業中心経済・企業依存型社会」の基本的な枠組みである。
しかしながら、バブル崩壊以降、長引景気低迷のもとで企業業績の悪化は続き、企業は従業員の生活保障を丸抱えする余裕がなくなった。
一九九〇年代以降、雇用調整・貸金カット、家族手当の削減、退職金支給の見直しと、企業はこれまでの手厚い従業員生活の庇護を弱めてきたのである。
さらには、景気低迷で税収が落ち込んで財政赤字が膨らみ、公共事業拡大を通じた雇用の受け皿の提供という、「ラスト・リゾート」も破綻してしまった。
しかし、市場経済を否定する社会主義思想が退潮し、政府の積極的な市場介入を主張したケインズ政策の限界が明らかになった現在、経済システムは良くも悪くも市場経済をベースにした健全な企業活動に任せる仕組み以外には考えられない。
市場経済のもとでの国民生活の安定は企業が「良質な雇用」を創出することが基本であり、その意味で、まずは過去一〇年間で悪化した企業と個人の信頼関係を取り戻すことが国民生活安定化の第一歩といえよう。
その一方で、もはやかつてのように、国民生活安定化の基盤の全てを企業に頼ることはできないのも現実であった、「職業人としての自立」を基本とした、企業と個人の新しい信頼関係を構築し直すことが求められている。
そして、市場原理のみでは十分ではない「職業人としての自立」を支える能力開発の仕組みや家族機能の補完という役割を、政府がきっちりと果たすという構図にこそ、新しい国民生活安定化のモデルがある。
こうした新しい企業・個人・政府の関係を前提にした今後の日本社会の基本原理に据えられるべき根本理念が「ワーク・フェア」にはかならない、というのが本書の主張である。
ここで強調しておくべきは、「職業人としての自立」の支援とは、そもそもの「自立」を「啓蒙」し、これを強力に「支援」していく様々な社会的な仕掛けが不可欠であるという点である。
序章「ワーク・フェア」の時代安倍政権が「再チャレンジ支援策」を提唱しているが、それが再チャレンジの機会を整備さえすれば良いとして、「自己責任」という形で結局は個人の問題に帰する形になってはならない。
中等教育段階におけるしっかりしたキャリア教育の実施や高等教育機関・民間ビジネスを通じた生涯教育機能の強化等、知識社会に対応した新しい役割を教育の現場に大規模に組み入れる作業が求められているのである。
これは、後にみるように、「強い個人」を前提にしたサッチャー改革が、社会の階層化をはじめ様々な問題を引き起こしたことからも示唆されることである。
以上のような基本認識に基づいて、本書は次のような構成で論考を展開する。
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